ゴスペルin動画

 ゴスペルをコンテンポラリーな分野から紹介していき、日常生活の中で元気をもらっているいきさつを綴っていく日記。
 


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「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。(コロサイ3:23)」

リック・ウォレンの本にも書いてあるが、神に喜ばれるために私たちがする行為はすべて礼拝ワーシップになる。

ワーシップ(礼拝)は、特定のスタイルをした音楽と捉えがちであるが、音楽を遥かに超えたものである。

自分が喜び楽しむために礼拝するのではなく、神に栄光と喜びすべてを帰す動機からなるものすべてが礼拝なのだ。

毎日のありきたりの生活、寝ること、食べること、仕事、学業、雑用さまざまのすべての活動を、神の前にささげるものとして差し出す時、神の臨在を意識しながらそれに打ち込む時、礼拝になるのだ。

何年か前になるが、ホームレスの人たちに食事を配ったり、聖書のことばを分かち合ったりしていた。
特にクリスマスシーズンに彼らのために、クリスマスパーティを企画した時だった。食事の準備をしていた。私自身疲れていたと言うか、自分たちのしている事がわびしくなってきた。時間、お金、労力を費やしても、何の実も見ることができない。彼らの態度は、横柄!『ありがとう!』の一言もない。重い鍋を持っていっても、手伝う人はわずかだけ。それどころか、してもらって当然!といった態度だ。悲しくわびしく涙が止まらない。

他に誰もいなかった。そんな時、静かで小さな声をはっきりと聞いた。"Thank you!"聖霊なる神の御声!

えっ、神は英語を話されるの?ご心配なく!神は、私たちが理解できる言語をご存知だから、それに応じて語ってくださる。心に強く響く御声だ。イマジネーションや幻想の世界ではない。リアルだ。

だから、悲しい涙でなく喜びの涙に化して、その場に膝まずき主イエスの臨在に圧倒されたのを思い出す。イマジネーションなら、こんな行為アホだよね。主イエスの臨在はリアルなのだ。

だから、何をするにも、人に対してではなく、主イエスに対してするなら、どんな活動も礼拝になりうる。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。(マタイ25:40)』
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