ゴスペルin動画

 ゴスペルをコンテンポラリーな分野から紹介していき、日常生活の中で元気をもらっているいきさつを綴っていく日記。
 


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この曲は、My Husbandが大好きな曲の一つである。一時CDに合わせて大きな声で朝からず~っと歌い続けていた時があった。意味深い心にじ~んとくる曲だが、あそこまで聴かされていたから、ちょっと拒絶反応があった。CDだけが流れていたら良かったんだろうが・・・。

漢字の『義人』は文字通り、羊の下に我を置くのである。昔は、動物の羊の上に手を置いて自分の罪(殺人、窃盗と限らず、悪い思い、嫉妬、妬み、偏見・・・)を言い表わし、無垢な動物に自分の罪を背負わせた。そして、その動物は生贄として殺されなくてはなかった。これは、後に来られた神の小羊の雛形にすぎなかった。なぜなら、『雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません(ヘブル10:4)』

『キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。・・・・・(1ペテロ2:22-24)』

だから神の小羊であるイエス・キリストの下に我を置く。その時『義』とされるのだ。私たちの善行の積み重ねの結果が義と考えるかもしれない。なら、どのくらいの善行で義になりえるのだろうか<(~、~)>
???

自分の罪を認め、その罪のためにピュアなイエスが生贄になったことを心に信じて、口で告白するだけ!!こんなシンプルなことはない。しかし、これを実践した者にとっては超パワフルなことなのだ。



主よありがとう 十字架の代価を 我が罪と恥負われた何という愛
主よありがとう 刺しとおされた手を 私を洗い ただ赦し 御手に抱かれる
御座におられる尊き小羊 多くの冠受け 勝利でおさめる
いと高き 神の御子 釘付けのひとり子 小羊に 誉れあれ

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